夢現奇譚シリーズ短編

 真夜中にご用心
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 思えば一体何がはじまりだったのか。
 少し肌寒さを感じて、(りょう)は目が醒めてしまった。
 身体を起こして座れば、頭の中がまだふわふわする。
 辺りを見れば、先程まで自分も仲間のひとりだったのだろう、何人いるのかわからないくらいの人数が、あちこちでごろ寝していた。
 いや、酔い潰れていたといった方が正しいだろうか。

 確か今日はすこし早い時間に夕餉を取っていた。
 いつもは政務室の私室で食べるのだが、仕事が早く終わったことと、同じく早めに仕事を終わらせた友人と、一層目にある食事処で夕餉を取ろうと盛り上がったのだ。
 ここ麗国中枢楼閣は、城主、大僕の政務室と、六つある国の機関、六司(りくし)の政務室と呼ばれる本部と、その大司官、司官の私室ある場所だ。凹の形をしている楼閣は全六層にもなる。
 中枢楼閣で働く人がよく利用するのが、一層目の食事処だった。
 仕事が忙しいと政務室や私室まで食事を運んでもらうこともあるが、やはり目の前に出来立てを出されると美味しさが違う。
 食事処は卓子(つくえ)と椅子の範囲と、畳の敷かれた座敷に長卓子が置かれている範囲とに分かれる。どちらもそれなりの広さがあり、昼時や夕時の鐘が鳴って、楼閣で働いている人が押し掛けても、どちらかには座れるだろう。
  仕事が終わって、ゆっくり座って食事がしたかったということもあり、座敷の一番奥の端に席を陣取ったのが、そもそもの間違いだったのだろうか。
 正面座った友人の食事量を見て、療はげんなりする。自分も食べる方だが、一体その細い体のどこに入るのか不思議で仕方ない。しまいにはおかわり貰ってくると言われて、療は笑うしかなかった。しかも仕事中にはきっちりと結っていた春花のような髪も、今では下の方でゆったりと結っているだけなので、余った横髪が食事に付きそうで付かなそうで気になって仕方ない。
 その後だ。
 確か神気振りまいた人が、何故か長卓子の祝い席を陣取り。
 思わず心の中でお前ら仕事どうしたと言いたかった一升瓶を持った人が、友人の横を陣取り。
 一升瓶の人とともに来た二人、一升瓶の秘書は療の隣へ。城主の秘書は一升瓶の横に陣取り。
 この時点ですでに『ゆっくり食事』が夢物語に終わったと療は思った。自分も騒がしいのは嫌いじゃないが、たまにはゆっくり食事をしながら会話したいとか思う時もあるのだ。
 そうこうしているうちに、何故か一升瓶が友人の髪紐をこちらの方が似合うと訳の分からないことを言いながら取ってしまい、友人がいやごはん食べられないから返してほしいんだけどと返す。神気が自分の髪紐をそっと友人に渡し、一升瓶に睨まれる。友人がそんなに髪紐がほしいなら、城主の秘書のを取ればいいじゃないかと言い、療は、いやそれ違うからと思わず言ってしまった。 城主の秘書は、私を巻き込むなんていい度胸じゃないですかと友人に、にっこり笑い、取れるものなら取ってみたいがなと笑う一升瓶には冷笑を返した。
 友人は髪紐を手に一升瓶の秘書の元へ行き、食べてる時にごめん、ちょっと括ってほしいんだけど、と言ったのがとどめだった。
 一升瓶が何を思ったのか立ち上がって、食事処の人に何か話して、色んな人のところの卓子に酒を一升瓶ごと配り始めて。
 そういつの間にか一升瓶がおごりの大宴会になっていたのだ。


  あれは多分機嫌が悪いとか、あてつけとか言うんじゃないだろうか。
 食事処には灯りが灯されていて明るいが、格子窓から見える空はすっかりと暗くなっていた。刻計を見れば、一刻を過ぎた辺りで、真夜中だった。
 明日が非番でよかったと療は思った。
 再び眠気が襲う。もう少し寝てから自室に戻っても何ら問題ない。
 頭がふわふわする中、療は意識の遠くの方で自分を呼ぶ声に薄っすらと目を開けた。
「……う、療……っ」
 起こすために揺らされている体が何だか気持ち悪くて、療は飛び起きる。
「ああ、よかった。起きてくれた」
 皆を起こさないように、小さな声そういうのは友人だった。
 結局髪紐は取られてしまったのだろう。長い藤紫の髪が、友人の動きに合わせてさらさらと揺れる。
「ごめん、療。あのね、お願いが……あるんだ」
 横座りをして右手を胸に当てながら、いわゆる『お願いの姿勢』を取る友人に、療は少々げんなりとする。これを無意識にやっているものだから恐ろしいものである。
 そしてそのお願いを聞いて、更になんとも言えない気力が失われていく感じがしながらも、療は分かったよと返事をしたのだった。






(……何だ、やっぱり男用に行くのか)
 本人がもし聞いていたら、当り前じゃないかっ、と怒鳴ってきそうなことを、療は心の中で思った。
 いや分かっているのである。友人をやって長い。
 だがあまりこういう機会がなかったものだから、出来れば色んな意味でその場所に入っていくところを見たくなかったな、という本音もあったりするのだ。
「……療? ちゃんといる?」
 しかもそんなところから話かけてくれるな頼むから。
「いるいる、オイラいるから」
 少し投げやりな返事を療は返した。
 友人のお願い、それは厠所(かわやどころ)に一緒に着いてきてほしいというものだった。
 しかも理由が『人食い鬼の怪談話』を聞いてしまって、厠所へ向かう道のりがどうしても怖かったからという友人に、療はもうどこから突っ込んでいいのか分からなさ過ぎて気力すら奪われて、わかったと返事をしてしまったのだ。
 確かその怪談を始めたのが、一升瓶のいる周辺だった。その頃一升瓶はすでに出来上がっていて、何度か席を移動しようとしている友人をついに離さず、その『人食い鬼の怪談話』は始まったと記憶している。
 やけに覚えているのはその話の選び方が、一升瓶の自分への八つ当たりだと認識したからだ。大方夕餉に誘ったら断られた理由が自分にあるからとか、きっとそんなのに違いない。
 ごめんお待たせ、と友人が手を振って現れる。
 その待ち合わせのような感じに療は、再びげんなりとした気持ちを味わっていた。





 一層目の厠所は中枢楼閣と渡床(わたりどの)で繋がれた別の建物になっている。その渡床は屋外に設置されている為、建物内にいながら外を歩いているような、不思議な感覚があった。
 友人が恐がっていたのは、まさにこの道中だった。
 灯りもあり、足元や周りはそんなには暗くならないのだが、却って屋外の闇が濃くなって見えないのが嫌らしい。
 療は前を歩かされていた。そしてその後ろにぴったりとくっついて友人が歩いていた。
 療は小さく溜息を付く。
「第一さ、『人食い鬼の怪談話』って作り話じゃないか。普段から見えないものを視てるくせに何でそんなものが恐いの?」
「何言ってるんだよ療。全然違うじゃないか。作り話は視えないから怖いんだよ」
 その言葉を聞いて療はなんとなく納得が言った。
 友人は元々視えるから、視えるものは怖くないが、お話となるとあとは自分との戦いになる。話にあったみたいにあの暗がりから現れるんじゃないかとか、変に想像力が働くのだろう。
「でも本当にありがとう。起きてくれたの療だけだったから」
 その言葉がなんとなく引っかかって療は足を止める。
「あれ? でも竜紅人(りゅこうと)は?」
「一番初めに潰されて、全然起きてくれなくて」
咲蘭(さくらん)様と(ねい)は?」
「いつの間にかいなくなってて……あ、寧は最後まで付き合ってたみたいだったんだけどやっぱり潰れて起きてくれなくて」
「……じゃあ、紫雨(むらさめ)は?」
「……」
 友人は無言だった。どうやらここに自分が感じたひっかかりがあるようだ。
「か〜さい? 紫雨は?」
「……」
 何か言いたそうにしては黙る友人に療は言う。
「もしかして、起こせなかった?」
 しばらく無言だった友人は、ようやくこくりと頷いた。
「……だって、流石に紫雨には言えないよ」
「オイラには言えたのに?」
「だって……療は……」
 友達だから。
 その言葉に胸の中に何やら温かいものを感じた療だったが、だがやはり何となく気に食わない気分も少しはあった。
 彼はそんな気はないだろうが、その『無意識の消去法』がやはり気に食わない。
 そして実は夜中に起こすよう『仕向けられた』ことを全く気付いていない友人の素直さと、そう『仕向けた』人物に、療は何とも言えない気分を味わっていた。
 だからこれは半分八つ当たりだ。



香彩(かさい)、ごめんね。香彩は悪くないんだけどさ……」
「……えっ?」
 前を向いていた療が、香彩の方へ向き直る。
「……本末転倒、だよね香彩。駄目だよ。『人食い鬼の怪談話』聞いて怖くなったら、付いてきてもらう人は『人間』にしなきゃ」
 隙を付いて、療は香彩の懐に入る。
「――――っ!」
 療は自身の発達した犬歯を、香彩の首筋にそっと充てがった。
「忘れてたでしょ、香彩。オイラも人食い鬼だ。その怪談はオイラのことかもしれないよ」
 香彩のごくりと唾をのみ込む様子が見てとれ、療はくすりと笑う。
「とても美味しそうな香りがする。このまま……肩を裂いて、まずは味見をしてみたいな」
 療が香彩の肩を押さえ、食もうとする。
 だが、くすくすと笑いながら、療が離れる。
「なーーんてね、冗談冗談」
 ばしばしと香彩の肩を叩いて、療は先を歩きだした。
 だがいつまでもついて来ない香彩に、療は再び振り返る。
「……て、よかったのに」  
 ぼぅっとしながら、ぽそりと呟く香彩の声を、療の聴力は捉えていた。
 もう嫌だとばかりに首を横に振って、肩から力が抜けるかのような、憔悴した深い溜息を療はついた。
「ま、オイラはここまで。後は頑張ってお説教されて」
「え……」



 療は今度こそ前を向いて歩き出す。
 途中すれ違う人物に、一瞥して。
「意趣返し終了。ま、お互い様だよね」
 相手は睨んできたが、療は何処吹く風と受け流し、通り過ぎる。
 食事処へ向かう床道を歩きながら、療は再び溜息をついた。






「本当、人の気も知らないで」
 無邪気な返事が、今も耳に残っている。
 それがどういうことなのか、何もわかってないくせに。





「……香彩に明日、謝らないと」
 それでも八つ当たりしたことは事実だ。
 本人は何のことか多分理解していないだろうけど。
 療は大きく欠伸をすると、もうひと眠りするために食事処へと入っていった。
                                                                                                          <終>

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