夢現奇譚シリーズ短編

花盗人

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2.

 「……で? その後も同じ夢を見たの?(りょう)
 声変わりの済んだばかりのような少し高めの少年の声に、療と呼ばれた少年は無言で頷いた。
 日は既に傾き、夕暮れに近い頃合いになっている。
 もうすぐ燈籠番と呼ばれる者達が、執務室や中庭や敷床など、人が集まりやすくて、暗闇で足下が見えにくくなるところに、火を灯しにやってくるだろう。

 麗城中枢楼閣、最上階にある陰陽屏。  
 療がここを訪れることができたのは、西日が差し込み、室内に卓子が長い影を落としている、そんな時間帯であった。
 気がかりな夢であったので、もう少し早く相談しに来たかったのだが、主君館に怪事件があったという報告が入り、警備の強化と調査の段取りをする羽目になったのだどうせ犯人は主君本人だろうと辟易していたところに、主君の行方が知れないという事態となった。直属の上司であり、主君のお目付役でもある大司馬将軍が、主君の居場所が分かりましたから後のことは頼みますとばかりに外出し、未だに帰ってきていない。事務仕事をしながらも、結局本来の仕事が滞ってしまい、埒があかずに抜け出してきたのだ。  

 療は大司馬という警護を軍事を司る官の中でも、黎啓(けいれい)という主君の侍従武官だ。また宿衛兵と呼ばれる、城の警護をしている者達の統括も兼ねている。 侍従警護をする本人と上司がいない今、療は宿衛兵に指示をしながら彼らの帰りを待つしかない。
 いつものことながら、何故国政が成り立つのか療は不思議で仕方なかった。きっと下の官達が有能だからだろう。主君にいたってはある意味いない方が仕事も捗るというものだ。
 そんなことを思いながら、療はふと感じる視線を受け止める。
 少年が療の瞳をじっと見つめていた。
 まるで瞳の奥にあるものを、読み取るかのように。
 視ている、という言葉が合っているなと療は、少年の新緑の森色の瞳を見つめ返しながらそう思った。
 陰陽屏にしばしの沈黙が降りる。
「……」
 静けさと見つめ合う視線の何とも言えない居心地の悪さをを、療はしばらくの間耐えていた。黙っていた方がいいのだろうなと思いつつも、どうにも我慢ができずに「……香彩(かさい)?」と少年の名を呼んでしまう。
「黙って!」
 その言葉を叩き潰すかのような厳しさで言う香彩に、療はしょぼんとして、彼の視線を見据える。


 夢解き、という。
 夢の内容を聞いて、その中に含まれている言詞を、解きほぐして伝える術である。夢の中には無意識に感じていることや願望なんかが、婉曲に隠されている。本人自身あまり夢の内容を覚えていないことの方が多いのだが、香彩はそれを瞳を通じて読み取ることを得意としていた。
 香彩を始めとする、術を操る術力を体内に宿し、祈祷や占術、季節ごとの祀りを行う者達のことを一般に陰陽縛魔師、もしくは縛魔師という。
 国での役職名を大司徒、その補佐を司徒といった。彼はその中でも時期大司徒という身分にある。その術力は甚大で、神々の神気ですら借りて、自分の力にすることができる。きっと術力を収めておける内容量が大きいんだろうな、と療は思った。だが使う力の大きさに対して、体力が追いついていない現状があり、よく貧血を起こしている姿を見かける。





 どれくらいの時間が過ぎただろうか。
「……多分、覗いたんだと思う」
 大きく息をついて、香彩が視線を外した。
 圧迫感から解放されてほっとする療だが、覗くという言葉を聞いて、きょとんとした表情を浮かべた。
「なんか嫌な表現だな。人聞きの悪い」
 本当に嫌そうな表情をする療に、あながち間違いじゃないよと香彩が軽く笑う。
「この夢は療達特有の、様々のものの記憶を読み取るものだと思うよ。ただそれが、過去のものなのか、未来のものなのか、何から読み取ったものなのかまではわからないけど、垣間見た誰かの思いの強い記憶を夢で見たんだ」
 ある意味、覗きだよねと笑う香彩に、療はなんとも言えない気分を味わっていた。香彩の言葉に素直に笑い返すことが出来ずに、乾いた笑いを漏らす。
 覗きたくて覗いたわけじゃない。ただ無意識のうちに、読み取ってしまうのだ。
 特に思いの強いものはより鮮明に夢となって現れる。そうやって自分に経験のない事柄でも、無限に近い記憶の中にしまい、必要な時に必要な知識の記憶の出し入れを行うことができる。そういう生き物なのだ。ただ不便なことに自分自身のこととなると、記憶の出し入れが曖昧になってしまう。

 彼らは『謳われるもの』と呼ばれている。
 その正体は、天上に住まう真竜だ。
 祭祀に深く関係し、人々を守護している。
 特に縛魔師の使う術の大半は、彼らの力を借りたものが多く、彼らの加護を得られた縛魔師は、格段に力が増すという。
 その証拠として香彩は、体内術力内容量の大きさと友好関係から、二体の『謳われるもの』の加護を得ており、術の威力が他の術者に比べてかなり大きいのだ。例えば、同じ斧を使って木を切り倒す場合、より腕力のある者の方が、斧が木に食い込む力も強くなり、切り倒すのも早いだろう。それと似たようなもので、同じ術を使った場合でも、威力が違えば当然結果を出すのも早くなる。香彩の場合はそれが格段に強いのだ。
「療を他の人と一緒にするのもどうかと思うけど、基本は大して変わらんって竜紅人も言ってたし」
「……竜ちゃんが言うなら確実だけど」
  竜紅人、と聞いて療は少しうんざりとした表情を浮かべた。
 「分類が大雑把だ」
 「ごみの日じゃないんだから、ね?」
 にこりと笑う香彩に、療もつられて笑う。
 その大雑把だとかごみだとか言われている竜紅人というのは、療よりも先に覚醒した『謳われるもの』である。
 皇族に仕える四竜は蒼竜族の時期長候補だ。麗国では法令を司り、契約の証人の管理等を司どる、大司冠と呼ばれる役職の補佐である『司冠』という役目を担っている。同年代にしては大人びていて、口は悪いが良識のある言葉をよく発言するため、療や香彩の制止役にされている。現に療や香彩は、彼に絶大の信頼を置いている。自分達を止めてくれるのが彼だと言うことを、身を持って知っているからだ。特に香彩にとっては兄であり、父親のような存在であるため、頭が上がらない。
「でも竜紅人の言う通り、基本は変わらないっていうのは、確かにそうだなって思うよ」
 香彩はそう言いながら、療の右の手のひらを手に取り、自分の左手親指が、手のひらの中央に来るようにそっと掴む。そして右手の人差し指と中指のみを立てて、宙で文字を描くようにして軽く印を結んだ。
「  」
 ”力ある言葉”を韻に乗せ、紡ぐ。
 その時だ。
「……っつ!」
 香彩が思わず療の手を離す。
 しなる鞭のような音を立てて香彩の手がはじき返された、といった感じだった。
「……変わらないけど、こっちは変わるみたい」
 香彩が痛そうに左手を振っている。
 何が起こったのか分からず、再びきょとんとしていた療だったが、香彩の左手が少し赤くなっているのを見て、あっ、と声を上げた。
「ご、ごめん、香彩。もしかして原因オイラ……だよね?」
「気にしなくていいよ。療の防御本能が働いたんだよ」
「……でもさっき視てもらったときは何もなかったのに」
「あれは、『視てた』だけだから。今のは、手の平の気脈から療の『中』にある夢の記憶を遡ろうと思ったんだ」
 どうかなと思ったんだけどやっぱり駄目みたい、と苦笑いを浮かべる香彩に、療は改めて自分が『違う』のだと思い知らされる。


 療は『謳われるもの』の中でも皇族という特別な存在だ。
 真竜を統べる一族であり、その力は強大で生命と無を司る。
 竜体は他の真竜に比べると二回りほど大きく、その色は光り輝く黄金であるという。
 そして基本はあまり変わらないが、総じて自己防御本能が高い。人で例えるなら、同じ人ではあるが、片方が普通の一般の人で、もう片方が目には見えない屈強な護衛がたくさん付いた人だ。しかもその護衛に対して療は無意識であり、また攻撃を加えようとする人に対する護衛の反撃もまた、無意識なのだ。療が気がつかない内に、防御本能が敵と見なしたものを、その強大な力でなぎ払い、掻き消すのである。香彩が軽傷で済んだのは、加護の対象だからだ。
「だから気にしなくていいよ」
 香彩はそう言うと、柔らかく微笑んだ。 
「でも……」
 療が申し訳なさそうな表情を浮かべて、香彩の手を見ている。 
「大丈夫。ほとんど、確信犯みたいなものだったから」
 いたずらがばれた子供のような物言いで、香彩が笑った。
「けど、収穫はあった、かな?」
 ふっ、と香彩の表情から笑みが消える。
 こういうところの容貌や、したり顔が実の父親にそっくりだなぁと療は心内にそう思った。外に出してしまえば、ぎゃんぎゃんとうるさいくらいに反論が来るのは目に見えている。
「収穫って?」 
「うん。土の香りがしたんだ」
 土の香り、と療が反復する。
 夢の中の出来事とそれがどう結び付くのか、今の療には分からなかった。

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