どうしてと、声にならない声で少年は言った。
慟哭に犯され、その音は無残にも掠れてしまっている。それでもなお、少年はどうしてと、誰にでもなく訴えかけた。
ぐっと歯を食い縛り、泣き叫びたい衝動を押さえた反動か、その綺麗な翠玉のような瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。
頬に伝うそれを男が拭おうと手を伸ばすが、少年が触るなとばかりに払った。
「どうして……どうしてあの子が謝るって……あの子は何も……!」
「お前を怖がらせてしまったと、本能に負けてしまったと、悔いていた」
「そんなこと……何も分かってなかったのは……悔いるのは」
自分の方なのに。
ああ、確かにそうだと少年は思った。
自分は何も分かっていなかった。
鬼の本能を目覚めさせることが、どういうことなのか。
自分自身を餌にすることがどういうことなのか。
その心の底から冷えた恐ろしさと、あの狂気の眼、壮絶な激痛を、今でもまだ覚えている。
(……だけど)
少年は自ら納得して、罠を仕掛けて突き進んだ。
(仕掛けられた方は?)
決して少年を喰らおうなどと思ってはいなかったはずだ。むしろ、少年にとって体に障りのある妖気を、極力押さえて生活していたくらいに、共存を望んでいた。
そんな彼が、無理矢理本能を目覚めさせられ、少年の肉を食んだと気付いた時の絶望とやるせなさを、少年はまだ知らない。
それでも、彼は少年に言ったのだ。 謝りたい、と。
「……謝らなきゃいけないのは……僕の方なのに」
「そう、だな。……お前は俺から逃げる為に、療を利用した」
少年の体が、ぴくりと揺れる。
「療は言ってたそうだな。早く俺に診て貰えと。あいつの妖気に侵された身体を払えるのは、俺しかいないと」
「……」
「一緒に行こう、と」
男の言葉に、少年は無言で頷く。
その、瞬間だった。
頬に痛みが走る。
叩かれたのだと、分かった。
「……本当だったら、拳でいきたいところだったがな。顔を腫らしたお前を見たら、療がまた泣くだろう?」
<終>