夢現奇譚シリーズ掌編

 夕暮れの邂逅2
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 どうしてと、声にならない声で少年は言った。
 慟哭に犯され、その音は無残にも掠れてしまっている。それでもなお、少年はどうしてと、誰にでもなく訴えかけた。
 ぐっと歯を食い縛り、泣き叫びたい衝動を押さえた反動か、その綺麗な翠玉のような瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。
 頬に伝うそれを男が拭おうと手を伸ばすが、少年が触るなとばかりに払った。
「どうして……どうしてあの子が謝るって……あの子は何も……!」
「お前を怖がらせてしまったと、本能に負けてしまったと、悔いていた」
「そんなこと……何も分かってなかったのは……悔いるのは」
 自分の方なのに。
 ああ、確かにそうだと少年は思った。
 自分は何も分かっていなかった。


 鬼の本能を目覚めさせることが、どういうことなのか。
 自分自身を餌にすることがどういうことなのか。


 その心の底から冷えた恐ろしさと、あの狂気の眼、壮絶な激痛を、今でもまだ覚えている。 
 (……だけど)
 少年は自ら納得して、罠を仕掛けて突き進んだ。
(仕掛けられた方は?)
 決して少年を喰らおうなどと思ってはいなかったはずだ。むしろ、少年にとって体に障りのある妖気を、極力押さえて生活していたくらいに、共存を望んでいた。
 そんな彼が、無理矢理本能を目覚めさせられ、少年の肉を食んだと気付いた時の絶望とやるせなさを、少年はまだ知らない。
 それでも、彼は少年に言ったのだ。 謝りたい、と。
「……謝らなきゃいけないのは……僕の方なのに」
「そう、だな。……お前は俺から逃げる為に、療を利用した」
 少年の体が、ぴくりと揺れる。
「療は言ってたそうだな。早く俺に診て貰えと。あいつの妖気に侵された身体を払えるのは、俺しかいないと」
「……」
「一緒に行こう、と」
 男の言葉に、少年は無言で頷く。


 その、瞬間だった。
 頬に痛みが走る。
 叩かれたのだと、分かった。


「……本当だったら、拳でいきたいところだったがな。顔を腫らしたお前を見たら、療がまた泣くだろう?」         
                                    <終>
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