夢現奇譚シリーズ掌編

 夕暮れの邂逅1
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 入相の空に、映えるは木陰。
 やがて蒼然とした暮色に包まれいくだろう空の色は、鮮やかな色彩を放ち、たなびく雲を同じ彩りに染め上げていた。  
 西日の残韻の残る空は、その空気までも染め上げるかのようだ。
 (……焔の中にあるみたいだ)
 自分の手も服も、色付けられる。
 熱く、感じられないのが不思議なくらいに。
 迫る夕闇の紺青を仰げば、悠然と羽ばたく鳥の姿がある。

 帰るのだ。自分の住処に。

 焦がれるように、やがて鳥が見えなくなるまで魅入ってしまっていたことに、香彩は短く息をついて、嗤った。  
そして、背後の気配に気付くことが出来なかったことも、嗤うしかなかった。

「……鳥が帰って行くのを、見てたんだ」
 振り向かずに香彩は言う。
「でね、思ったんだ」
 僕の還る場所はどこなんだろうって。
 まるで逃亡しないように背中を取られて、香彩は溜息をつく。
「……そろそろ頃合いだ、香彩」
 上から降ってくる声は、平然そうに聞こえて、心の中の怒りを抑え込んだような、そんな声色をしていた。
「……そう、だね」  
 何故か目の上が熱い。
 抑え切れないものが、頬を伝う。
 抱きすくめられた背中の、懐かしいぬくもりに思わず息を呑んだ。
 背後から回される彼の右手が、器用に香彩の涙を拭う。
 骨張った長い指先の、辿るその手つきがあまりにも優しくて。

 ただそれだけで。

 帰りたいと思う自分の浅ましさに、香彩は再びの心の中で嗤う。
 逃げ出したのは自分だ。
 その庇護から抜け出して、彼の過去にこだわって振り回されて、大切な友人を、たくさんの人を傷付けた。  
 それでも。

「……帰って来い」  

 紫雨のその言葉に、香彩の身体がぴくりと動く。
 まるで言葉たったひとつで、全身の強張っていた力が抜けていくかのようだった。
 香彩はようやく彼に背中を預け、短く応えを返した。
                                    <終>
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