夢現奇譚シリーズ短編

 式神2
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「……あれぇ? ここ、どこぉ?」
 普通に真っ直ぐに渡床(わたりどの)を歩いてきたはずだった。
 そして右に曲がれば上の層へと続く大きな階段があるはずだったのだが。
 目の前に広がるのは、更にまっすぐと続く、綺麗に清掃の行き届いたつやのある渡床だった。
「なんでぇ? なんでここに階段、ないのぉ?」
 ぐるりと首を動かして、辺りを見る。
 自分より小さい建物が存在していないかのように、全ての建物がとても大きくて、くんと首を上げなければ見ることすら叶わない。
 首も回る範囲が小さいので、体全体で回らなければ、景色全てを見ることもできない。
 体の動きに合わせて、肩まである少し内巻きの白色に近い金の髪が、くるりんと揺れる。そして白無垢に鮮やかな紅金の彩りの施された着衣の袖と、腰の横で無造作に巻かれ結ばれた白帯の、長い垂れが同じくにして、丸く揺れた。
 ここはよく見知った楼閣だった。
 おつかいを頼まれて、意気揚々と上の層から降りてきて、何気なく無意識に角を曲がった、ただそれだけだったのに。
 世界が途端に大きくて恐ろしいものに感じられて、先程まで興味津々で輝いていた金色の瞳が、不安で大きく揺れ始める。


「……おや、これはこれは小さな姫や。どうしました? このような渡床で」
 物柔らかい感じの青年の声が上から聞こえてきて、不安な瞳まま見上げた。
 どこかで見たようなその顔。
「……もしかして、迷子になった?」
 青年が腰を折り、視線を同じ高さにする。
 無言のまま、少女はこくりと頷いた。
「どこからきたのか、覚えてる?」
 再び無言のまま、少女は首を横に振った。
「……いつもある、階段、なかったの」
「階段?」  
 青年の問いかけに、少女はうん、と頷く。
 青年は考えた。
 階段を探しているということは、上層階の女童(めのわらわ)なのだろう。だが果たしてこのような容姿の女童など、果たしていただろうか。知らない内に使いとして入閣したのだろうか。
「階段まで行けば、分かるかい?」
「連れて行ってくれる?」
「勿論。きっと君の上司殿も心配なさっていると思うよ」
 少女は再び無言で頷くと、青年の腕に飛びつくようにして、その手を取る。少女にはきっと青年の手が大きすぎたのだろう。青年の人差し指と中指だけを、きゅっと握った。
 ふたりが歩き始めようかとした、その時だ。
「あれ? (ねい)。先に行ってるって言ってなかったっけ?」
 青年が来た方向から、ひとりの少年が首をかしげながら、歩いてくるところだった。
「ええ、先に行って香彩(かさい)様に熱いお茶でもご用意しておこうかと思ったのですが」
 寧と呼ばれた青年の視線の先を、香彩は追いかける。
 まだ年端も行かない小さな少女が、香彩を見上げていた。
「どうも、迷子らしくて、階段まで行けば分かるというので、一緒に行こうかと思ったのです」


 香彩は少女から、視線を外せずにいた。
 そして少女もまた、香彩から視線を放さない。
 一言も言葉を発することのないふたりを前に、寧は戸惑った。
 とても居心地の悪い、妙な空気が空間を占めている。
 ふっ、とその空間の重さが、唐突に和らいだのを寧は感じ取った。
「……も、もしかしなくても……玄武(げんぶ)、だ、よね……?」
 香彩の確信を得ているような得ていないような、声色が寧の耳に響く。
「は?」
 寧の頭の中が一瞬、真っ白になった。
 そして自分の手を握っている、少女と香彩とを交互に見やり。
「げ、玄武? 玄武と申されますと、あの」
「うん、そう、多分きっとあの玄武」



  ここ麗城中枢楼閣は国の要だ。
 その凹という字に似た楼閣は、城門に宿る朱雀、青龍、白虎、玄武が作り出す、城を覆い尽くす程の甚大な護守の力によって護られている。そして彼らが麾下し、彼らの持つ”力”の制御を行うのが大司徒と呼ばれる、縛魔師の長だ。
 縛魔師とは国の安定と安寧を願い、祈祷や占術、そして季節ごとの祀りの行使を仕事としている者達のことをいう。体内に”術力”という力が無いと官になる資格がないことから、他の役職に比べると特別視される特殊技能職である。


 玄武は楼閣の北にある、大裏玄武城門に宿っている。
 城門には、脚の長い甲羅のある龍で、その長い尾の先は蛇となっており、自分を護るかのように巻き付いている姿が描かれている。
「……」
 寧は無言のままで少女をまじまじと見つめた。
 玄武だよね、と本人に再確認する香彩に、少女はうん、と頷いて見せたのだ。
 大司徒の式神であり、城を守る四神達が人形を取ることは知っていた。
 だがまさか。
 甲龍尾蛇(こうりゅうおだ)の勇ましくも猛々しい姿を誇る玄武の人形が。
 白金金眼の何とも可愛らしい幼女とは。
「か、香彩様はご存じだったのですか」
「知らないよ。四神が人形をとる姿もあまり見ないもの。ただ、気配がそんな感じだったからもしかしたらって思って」
 当たっちゃったけど、と香彩は軽く苦笑いをする。
「きっと紫雨に何か頼まれて、頑張ったんじゃないかな?」
 香彩の言葉に少女……玄武は。
「おつかい、頼まれたのぉ」
 と、とても嬉しそうに、にっこりと笑って見せる。
 寧もつられて笑うが、その顔はなんともいえない表情を浮かべていたのだという。


                                           <終>
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