夢現奇譚シリーズ短編

 式神
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 真竜とは実に不思議な生き物だ。  
 天にあるという城に住み、その姿は蝙蝠の羽の生えた石竜子に似ている。御身は巨大かつ優美で、その重さを感じさせない。人形にも姿を変えることが出来、二形を持つ。身体の大きさは成獣であれば、元の自分の身体の大きさまでであれば、自由に変えることができる。また総じて血の穢れに弱い。神秘かつ強大な力を振るうことが出来る反面、血の穢れや怨恨の気に敏感になる性質を持っていた。  
 彼らは卵形で産まれ、産まれてすぐは繭に包まれている。  
 およそ地上の年月の流れでいう、百年程経つと自分で繭を割って竜形で誕生する。その頃には言葉も理解し、自分が何者であるのか自我を持っている。
 その後彼らは地上に送られ、地上の由緒正しき場所に預けられる。地上の方が時の流れが早く、身体を成長させられるからだ。  
 この時を一歳と数え、七、八歳くらいまでは人形と竜形の両方を取ることが出来る。だがある時を過ぎると人形しか取れなくなり、『覚醒』が起きるまでは竜形を取ることはないという……。
 真竜とは本当に不思議な生き物だ。  
 昔に聞いた彼らの生態を思い出しながら、少年は目の前にいる真竜を見てそう思った。

 麗城中枢楼閣、最上階陰陽屏。
 国の安定と安寧を願い、祈祷や占術、季節ごとの祀りを行う者達の政務室だ。彼らは一般的に陰陽縛魔師、もしくは縛魔師と呼ばれている。国での役職名を大司徒、その補佐を司徒といい、少年は異例の十四歳という若さで司徒となった人物だ。
 術社会の最高峰『河南』の出身という履歴と、城主の幼なじみという力関係を使って手に入れた位だった。当然反発はあったが、体内に隠し持つ術力を見せつけて黙らせた。
 それもこれも、目の前で眠る我が子の為。
 もうすぐ四歳となる。
 少年にとっては、目に入れても痛くないくらいに可愛い我が子なのだ。
 だが、その横に眠るのは。
 小さな蒼い竜だ。
 幼さ特有のぽっこりとしたおなかを出して、小さないびきを掻いて、大の字で寝ている。
「……なんだかなぁ」
 げんなりとした感じで、少年は部屋の引き戸を閉め、中に入った。
 陰陽屏の隣室に設けられている司徒専用の仮眠室である。
 仕事の間、子供をここに預けているのだ。そうすれば様々な人が子供に会いにやってくる。子供に勉強を教える者もいれば、術を教える者もいる。だがほぼ四六時中一緒にいるのは、この蒼い竜だろう。
 蒼い竜は気配を感じたのか、むくりと起き上がった。
「……仕事は終わったのか? 紫雨(むらさめ)
 ふるふると身体を振り、長い尾を二、三回ぶんぶんと振ってみせる。竜なりの背伸びのようなものなのだろうか。
 紫雨と呼ばれた少年は、わざとらしく盛大にため息をついた。
「いや、ね。天下の『謳われるもの』が、腹出していびき掻いて寝てる姿を見たら、なんだかなぁと思って」
「あのなぁ。俺はごくごく平凡な真竜なわけ。そりゃ、腹も出るし、いびきも掻くっつうの」
「……真竜の時点で非凡な気もするんだけど」
「そこ!? 気にするとこ、そこ!?」
 後ろ足と腹部を使って座り、短い前足で紫雨を指差す。
「ったく、人が寝付きの悪いどっかの息子を、やっと寝かしつけたというのに」
「それはそれは、感謝してるよ。竜紅人(りゅこうと)
 にこりと笑う紫雨に、竜紅人と呼ばれた蒼い竜は、げんなりとした表情を見せた。
「嘘くさ」
「嘘とは心外だな。感謝してるんだよ僕は。司徒になってなかなか香彩との時間が取れない反面、ずっと一緒にいてくれる竜紅人がいてくれて助かってるんだ」
 紫雨はにこりにこりと笑いながら、すらすらと言ってのける。
「ほら、そこ。嫉妬しない」
「あ、ばれた?」
 まるで悪戯がばれた時のような表情で紫雨が言う。
「だってさ、最近仕事が終わって帰って来ても香彩は寝てるし。竜紅人にずっとべったりで僕より懐いてるし、複雑だ」
  紫雨の物言いに、竜紅人はきょとんとした。
 そして、くすりと笑った。
「あのさ、紫雨。何で香彩(かさい)が寝付き悪いのか、知ってる?」
 紫雨は無言で首を横に振る。
「……分からない、昔から寝付きは悪い方だったけど」
 膨れたような拗ねたような紫雨の物言いに、竜紅人は再びくすりと笑った。
「待ってたんだよ、香彩は。紫雨が帰ってくるのをさ」
「え」
 今度は紫雨がきょとんとする番だった。
「眠い目をこすりながら、さめはいつ帰ってくる?って。こっちが寝ろって言ってるのに、毎回頑固でさ。んで疲れて寝かしつけて、寝ちまうの」
 全くこの頑固さは誰に似たんだか、と呆れ気味に竜紅人が言う。
「やっぱり寂しいんだって。そりゃ昼間は色んな奴らが構いにやってくるし、俺だっているけど、俺は紫雨じゃねぇもん。我慢してるんだと思うぜ、お前を困らせないように」
 その分、香彩は竜紅人にとことん我が儘を言ってるのだ。
 紫雨は、香彩が竜紅人に対して、やだ寝ないと眠いくせに意地を張っている姿が目に浮かぶようだと思った。と、同時に先程の自分の物言いを恥じた。こんな幼子が自分に一切そんな素振りを見せずに我慢しているというのに、自分は一体どういうことだろう。
 紫雨がそんなことを思っていると、う〜んと声を出して香彩が、掛物を放り出して寝返りを打つ。
 それを竜紅人が器用に竜の小さな前足で掛物を持ち、そっと香彩に掛けてやる。
 すると香彩は掛物にくるまって、再び寝返りを打った。
「……そうしていると、まるで香彩の式神のようだよね」
「俺は式神違うっ! れっきとした真竜だ!」 
 がうっ、と噛みつかんばかりに竜紅人が言い返す。
「分かってるよ、それくらい。でもなんか……そんな感じだなって思って。むきになるところを見ると、誰かに間違われたの?」
 ぐっ、と竜紅人が詰まる。
 式とは縛魔師が使役する、使役神のことだ。主に札から術力を使って作り出されるものを式というのに対して、式神とは神と呼ばれる者が縛魔師に麾下することをいう。真竜は気位が高く、孤立心も高い為、人の命令を聞いたり服従することは滅多にない。式神に下るものではない、という認識の方が高いのだ。
「……香彩の側に常にいるから、実は香彩か僕の式神なんじゃないかって?」
 紫雨の言葉に、竜紅人は無言で頷く。
 しばらく沈黙が続いた。  どちらとも何も話すことはなかった。
 ただ、紫雨の肩が震えていた。
「……笑うんなら、ちゃんと笑えっっ!」
 くわわっと牙を剥いて言う竜紅人に、紫雨は蒼い竜を指差して大声で笑ったのは言う間でもない。



「……」
 香彩は何も言えず、きょとんとして竜紅人を見ていた。
 あれから十年余りの年月が流れ、香彩はあの頃の紫雨と同じ歳になった。
 何の話からこんな昔話になったのかは覚えていないが、確かに昔から竜紅人は常に自分の側にいたなぁと、思い出してみる。
「そう、あの頃のおっさんは実に、可愛い性格だった。俺、おっさんに嫉妬されたんだぜ。お前の側にずっと俺がいる、僕は時間ないのにって」
 竜紅人もあれから成長し、竜形を取ることはなくなった。
 竜形の竜紅人か、懐かしいなぁと香彩は自分の思考の中に入っていて、全く竜紅人の話を聞いていない。
「それが今や二十五になろうとかいう、おっさんだ。ちょっと偉くなったからって、偉そうに。 昔はあんな冷たい話の仕方じゃなかったんだぞ!」
 ぎゃんぎゃんと紫雨の文句を言う竜紅人に、香彩からの反応はない。

 しばらく沈黙が降りた。
 何やらおかしいと思い香彩の様子を見る。
 香彩は肩を震わせていた。
「……式神に間違われたって……」
「お前もそこなのかぁぁ!!」
 竜紅人の叫びに、堪えきれずに笑い出す香彩の姿があった。


 真竜とは実に不思議な生き物である。
 実に人間よりも、人間臭い、純粋な生き物だ。

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