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 非現実な白い空間に、とても不似合いな程。  
 今日の空は青く澄み渡っていた。
 雲一つない、透明感のあるそれは、ひどく渺茫たる滄溟に似ている。
 泳ぐように、切り取るように、鳥が真っすぐに飛んで、やがてぼんやりと消えて行った。
(……まるで一枚のスクリーンショットを眺めているみたいだ)
 厚いガラスの向こうには、生活の喧騒や、人の声など、様々な音で溢れていいるのだろう。
 ここにも確かに音はある。
 けど、どういうわけか、とても遠くに感じられた。
 この空間は、自分が感じるものを遮断でもするのだろうか。
 この空調が整えられた無音の世界は。

 

(……ああ、もう、夏、なんだ、っけ……?)

 

 じわり、じわりと。
 この無音さは。
 思考を奪っていく。  




 思い出されるのは。
 朝顔が描かれた風鈴の、澄んだ音。
 猫の形をした蚊取り線香皿。
 一階の庇に立てかけられた葦簀に、二階の窓に掛けられた簾。
 兄弟全員で一斉にやった衣替え。
(……そういえば、父さんが)
 春に植えた夏野菜のプランターに支柱を立てて。
 水遣りをしていたら、いつの間にか水浴びになって。
(……母さんが小学校の頃から成長してないって、呆れて笑ってたっけ)
 ご近所から頂いたスイカやトウモロコシを、兄弟で取り合うようにして食べて。
 誰かがパチンコで勝ったお金で行った、ビアガーデンとか。
 花火を買い込んで、海まで走って。
 打ち上げ花火を撃ち合いとかもして。
 思い出されるのは、そんな。
 何気ないいつもの光景。



 ゆっくり、ゆっくりと。
 その記憶が。
 真綿の鎖で締め付けられていく。



 消毒液が酷く臭う、この白い空間とか。
 ベッドを仕切るカーテンとか。
 規則正しい音を鳴らしている機械だとか。
 自分の中へ通されているその管と、ぽたぽた落ちる点滴。
 そんな現実より。
 目を閉じて見えるあの光景の方が、本物みたいだ。

 


 少しずつ、少しずつ。
 その記憶を、頭の中にある光景が。
 目の前のモノが。
 形を変えていくのに。

  彼は気付かないままだ……。   

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