幽遊白書

 言葉にできない
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 ふと、漠然と疑問に思うことがある。
 それは屋台のラーメン屋で、酔っ払い客相手にラーメンを作っている時だったり。 妖怪専門の何でも屋として、働いている時だったり。 数ヶ月に一回開かれる魔界での理事委員会の集まりの時であったり。 特に魔族や、妖怪と話をしているときにその疑問は大きくなる。 元来あまり深く考えるタイプでもないので、すぐに忘れたりするのだが。 だが、何気ない日常を暮らしていると、思ってしまうのだ。



……オレはどれだけの時を生きるんだ、と。



「……一概には何も言えないね」
 運ばれてきたホットコーヒーを口に運び、蔵馬はそう言った。蔵馬はミルクとシュガーをひとつずつ。オレはブラックで。
 蔵馬とは基本的に時間が合わない。父親の会社を一緒にしている関係上、勤務は朝8時から夕方17時までだ。オレは自営業な為、だいたい夕方19時くらいから夜中の4時、5時くらいまで。客に合わせて閉める時間を決める。 たまにこうやって会えるのは、蔵馬が休みでオレが仕事上がりだからだ。 蔵馬と話す機会がとても多くなったように思う。人間としての歳も上、妖怪としての歳もかなりの上だから知識も経験も多い。頭もかなり良い。あの桑原が大学に合格し、今現在も落第せずに在学出来ているのは、蔵馬の教育の賜物だ。 そして唯一。 仲間の中で、人であり、妖怪である存在。
「中途半端、なんだ。俺は」
「――中途半端?」
「そう。俺はどちらかというと、もう融合に近いっていう話は前にしたと思うが……」
 一瞬、頭の中が白くなる。 そういえばそんな話したような、してないような。 蔵馬はそんな様子のオレにわざとらしくため息をついた。
「いや、幽助の記憶をあてにした俺が悪かったんだ」
「く〜ら〜ま」
「ごめん、ごめん。いじめる気はもうないよ」
 といって、蔵馬はテーブルの前に手を組んだ。
「俺は”南野秀一の殻を被った蔵馬”ではなくて”南野秀一でありながら蔵馬”であるということなんだ。身体は人間だが、自分の意思によって蔵馬になることができる。そのときの身体は妖狐だ。だが意識は俺のままだ」
「ということは、オレが今のオレか、覚醒したときのオレかということか?」
「いや、幽助の場合は、身体がもう魔族だ。人としての心臓は止まったままだろう?」
 蔵馬に言われてみて胸を押さえてみる。 脈打っていた心臓は、昔、仙水に貫かれて以後、動いていない。その代わり核と呼ばれる魔族特有の心臓が、時を刻んでいた。
「だから、身体的に言えば幽助は俺よりずっと妖怪だよ」
「……嫌な表現だな、それ」
 あははと軽く蔵馬が笑い、ホットコーヒーを飲む。それにつられる形でオレも口へと運ぶ。 その妖気さえ感じなければ、蔵馬は妖怪だと忘れてしまうくらい、人に近い。だがいざ戦闘となると蔵馬が妖怪だったのだと、改めて認識する。人だ妖怪だと区別や差別をする気は全くないが、その蔵馬からオレより妖怪だと言われるとかなり複雑な気分だ。
「幽助が魔族だなんて、思いもしなかった。昔は」
「本人はもっと、だけどな」
「あまり気にしてる様には、見えませんでしたけど」
「変わった感じが、しなかったからな。オレはオレ」
 あはは幽助らしい、と軽く蔵馬が笑う。 しばらく沈黙が続いた。
 心地の良いBGMが流れる店内は、モーニングを取る客で繁盛していた。皆どこか急ぎ気味で、喉に流すように朝食を食べているのはワイシャツにネクタイ姿の会社員だ。10分もかからず、席から人が離れ、新しい人が来る。そんな様子を眺めていると、それが以前の日常……もう少し荒んだものだったが、日常だったことが遠い昔のように感じることがあった。
「ただ、な……」
 行儀悪くも椅子の上にあぐらをかく。手を頭の後ろで組んで、バランス人形よろしく椅子の背を後ろの壁にもたれさせた。蔵馬が気を遣って喫煙席を取ってくれたのだが、あいにく仕事場の屋台に一式忘れてしまったようで、手元にない。こういう気分の時ほど、気持ちを落ち着かせるのに一服吸うと楽なのだが、ないとどうも心もとない。家では今は一切吸わせて貰えないので、余計に。
「ガラにもなく、漠然と思っちまうわけだ」
 自分は、どれだけ生きるんだ、と。
「しまいには、オレの知り合いが全て死んじまっても、オレは生きているのか。オレより後から生まれてくるやつもオレより先に死んで行くのか。オレがみんなを看取って、最後には独りになっちまうのかなんて、考えちまう」
「じゃあ、その時は俺のところへ嫁にでも来ますか?」

 どがしゃゃゃゃゃゃゃん。

「な、なぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
「冗談ですよ」
 にっこりと笑う蔵馬に毒気を抜かれて、納得がいかないながらも椅子に座り直す。
「しかし、景気良く落ちましたね」
「やかましい」
 今度はしっかり椅子に腰を下ろして、片足だけあぐらをかいだ。机にひじをついて、あごをのせて、一切蔵馬と視線を合わすものかと、そっぽを向く。
「……ったく、オレ様が久々に悩んでるというのに……」
「ごめん、ごめん。悪かったよ」
 悪気があるのかないのか分からない謝り方が一番性質が悪い。 蔵馬はやれやれと、小さくため息をついた。
「もし仮にそうなったとしても、貴方は独りじゃない。貴方を知る者は必ずいますよ。無論、俺を含めて」  返事が出来ないでいた。 確かにそうなのだ。独りにはならない。魔界にもし帰ったとすれば、皆が嫌でも放っておかない。 だが、悩んでいるのか、といえば実は違うと思う。 聞いて欲しかったのか、答えが欲しかったのか、どちらだろう。
「そんな悩みも、もうすぐ忘れてしまいますよ」
 蔵馬のそんな言葉に、顔を正面へ向ける。 合う、視線。 妙に楽しそうな……。
「……3ヶ月、だったんでしょう?」






「蛍子ちゃんとこの前偶然会ってね、聞いたんだ。幽助は絶対に照れくさくて皆には報告しないと思うからって。流石によく分かってる。俺もあの時蛍子ちゃんに会わなかったら、知らないままだったんだろうな……って幽助? おーい」

                                  <終>

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