悠久組曲

 風邪
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 学校の保健室というのは、とても特別な空間だと思う。
 妙に空気が綺麗だったり。
 消毒液の臭いが鼻をついたりするが、嫌いじゃない。
 清潔に清められたベットにごろりと横になり、そんなことを漠然と思ってみたりする辺り、自分はかなりの重症なのだろうなと思う。
 いつもより何故か少ない人数のミッションの授業を、何故か今日は真面目に受ける気になり、周りからはさんざんにからかわれ。
 終わってみれば、妙に背中が寒い。
 目の上は逆に熱い。
 やたらと喉は渇くし。
 やばいと思って保健室に来てみれば、誰もいない。
 保健室開けっぱなしというのは、どうかと思う。何かあったらどうするんだ。
 だが誰もいなくて良かったと思う。
 こんな弱ってる姿、誰にも見られたくない。
 少し眠ればきっとましになる。
 そうすれば、いつもどおりの自分に戻れるはずだ。
 こんな妙に感傷的な自分ではなく。


 寝返りを打つ。
 隣には白くて薄いカーテンで仕切られた、もうひとつのベッドがある。
 いつもならばルーか、アレフ辺りが朝寝、昼寝をしている場所だ。
 そして自分はこのベッド。
 くらりとした。
 頭を横に向けた途端に、ぐるりと世界が回る。
 脳が頭蓋の中で半回転したみたいに。
 目の窪みから、後ろ首にかけて脈打つように頭痛がした。
 手で痛いところを押さえてみても、なんの効果もない。
 むしろ頭痛は酷くなってる。
 吐き気に変わるもの時間の問題だ。
 はぁっと吐く息に熱がこもっていて、気持ちが悪い。

 そういえば小さい頃。
 熱があるのを黙って、あいつの家に遊びに行って、ぶっ倒れた。
 治ったら、ちくりちくりと怒られた。
 今は昔みたいに怒ることが少なくなったが、それでも黙ってやり過ごそうとすると、あいつは本気でちくりと怒る。
 それが子供扱いされているみたいで、妙に嫌で。
 だが、だからこそ、隠し通したいのだ。
(……そういえば、見たことねぇな)
 あいつが体調を崩しているところを。
 規則正しそうな生活に、健康食品も好きそうだ。
 睡眠は八時間だとか、起きたら冷たい水をコップ一杯飲むだとか、16品目必ず入ってそうな朝食だとか、絶対に何かにこだわりがありそうだ。
 なんせ趣味が盆栽だ。
 血圧のこととか、塩分のこととか、考えてそうじゃないか。
「だから、じじくさいって言われるんだ」
「――誰がだ」
 飛び起きる。
 と、今までに感じたことのない頭痛がし、頭を押さえた。
「……っきなし、現れんじゃねぇ!」
 叫んでまた頭痛。
 目が重い。
 視線を上げることがこんなにも辛い。視点を変えると目の奥が痛む。
 すっ、と。
 額に置かれる手。
 自分よりも少し大きい手。
 だから病気は嫌だ。
 その手を。  
 安心できるものだと。
 改めて確認できてしまう。
 感傷的な気分が、なくなっていく。
 手が離れる。
 寂しいと思ってしまうのは全て、熱のせいだ。
「季節の変わり目に弱いな、お前は」
 と言って渡されるのは、学校用の鞄。
「お前のことだ。ここで寝ていたら治ると思ったのだろう。違うか?」
 小さくため息をつく。
「お前の風邪は、今流行している風邪の一種だ。専用の薬を貰わないと直らん」
 そういえば。
 どおりで生徒の数が少なかったわけだ。
 みんなその風邪にやられてしまったということか。
「だから、今すぐ病院へ行くぞ」
「は!? お前も来……」
 初めてあいつの顔を見た。



 目が全然、笑っていなかったことに、今気づいた

                                  <終>

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