まるで冬場の冷水に触れたかのように、はっとする。
ぼんやりと見えていたものが、はっきりと見えるようになった、そんな感覚だった。
(……何が)
何が起こったのか。
気配のある方へ視線を変えて、愕然とする。
離れた場所に友人がいた。
友人と目が合った。
「……あ……」
だがその姿はどうしたことだろう。
白衣だった縛魔服は、赤黒く染まり。
肩を自らの手で鷲掴みにするようにして押さえ、少しずつ後退りする、その姿。
「か……」
名前を呼ぼうとして、気付く。
友人の痛みに耐える表情の中にある、自分に向けられる笑みを。
そして、怯えの色をした目を。
(……どう、して)
心の中に芽生える、疑問。
答えが出るのに、そう時間はかからなかった。
手に滑りを感じた。
「……あ」
少年は自分の両手を見て、思わず声を上げた。
べったりとついた、渇きかけの。
「……っ!」
少年はもう一度友人を見る。
楼台の桟枠を越えて。
六層もの高さから。
堕ちていく。
友人の身体が。
「か………!」
追いかけようとする少年の身体を、後ろから羽交い締めにして、止める者がある。
「駄目です。結界から出てはなりません」
『力』の込められたその言葉に、少年は無意識にとどまった。それを見届けるようにして、羽交い締めにしていた腕が解かれる。
肉の灼ける臭いに、少年は思わず振り返った。
「か、叶様……」
少年の声に、叶は何事もなかったかのように、大丈夫ですよと、にっこりと笑った。
少年を止めるために、結界ごと抱き締めたその腕は、火傷を負っている。
結界は、少年だけを囲うようにして、ごく狭い範囲に展開されていた。
何故結界が、と少年が思ったその時だった。
まず感じたのは、胃に感じた違和感だった。
何かとてつもなく不快なものが、胃の中にいるような感じがする。
次に訪れたのは、遣り過ごすことの出来ない嘔吐感だった。
身体ををくの字に折り曲げて、少年は胃の中の不快な塊を、吐き出した。
「……あっ……」
その吐瀉物を見て、少年は何があったのか、先程の光景が頭の中で思い出される。
逃げようとしていた友人の背を、この爪で切り裂いて。
怯んだ身体を後ろから、羽交い締めにした。
そして。 その左の肩を。
「――――ああああぁぁ??」
声を上げて、少年は激しく嘆き泣いた。
よりにもよって。
よりにもよって。
一番の友人に手を出すなど。
何故気付かなかった、何故気付けなかった。
よりにもよって。
(……その肉を、食むなど……!)
駆け寄ってきた、別のふたつの気配に、少年は顔を上げた。
「――――……っ!」
この結界を、自分を元に戻してくれた男と視線が合う。
少年はごめんなさいと、慟哭しながらその人物に告げた。
「オイラ……オイラ……香彩を……!」
言わすまいとばかりに、男が少年を抱き締める。
「……お前は、何も悪くないんだ。療」
少年はすがり付くように、男の腕を掴みながら、ただひたすら泣き続けた。
<終>